全ての創作物には著作権があり、これを勝手に使うことは出来ません。 誰かの絵をコピーするのは、著作権を侵していることになります。たとえ子供の絵でも、です。(ことわって使うのは可)
特に切絵はとてもコピーしやすい絵なので問題があります。
このサイトでは、権利侵害しないように極力コピーは使わないようにしています。
切絵には、足し算タイプの絵と、引き算タイプの絵があります。
普通の絵、油絵、水彩画、日本画などほとんど全ての絵画は足し算タイプなので、引き算タイプの絵というのは、非常にめずらしいことです。
木等を削っていく彫刻はこのタイプです。他にはほとんど見当たりません
足し算タイプは、概ね面のタイプの切絵です。線のタイプは引き算タイプといえます。
実はこの二つタイプは、頭の中で違うことをしているのです。
絵画の場合、足し算タイプというのは描いていく時に、画面に描いたり塗ったりして物の形を表すもので、物の形を意識している、いわば標準モードです。
引き算タイプは逆に、不要なものを取り去って残ったもので形を表すので、物の形の外側の形を意識しています。
物の形、物の形の外側の形は、ポジ(陽画)とネガ(陰画)と呼ばれ、同時には意識することが出来ません。
絵を描く時には、ネガとポジ両方の形を考える事は(なかなか難しいのですが)非常に大切なことなのです。
切絵はそれを当たり前に行う唯一の絵画ではないかと思います。
切絵で下絵が必要なのは、最初にポジで物の形で絵を描いておかないと、切り取る時はネガの形を見ているので、物の形を考えられないためです。
ポジの形だけ意識する面のタイプ(コラージュ・アップリケタイプなど)は、正確な下絵がなくても作っていけるのはそういう訳です。
Paint と Draw は英語です。日本語ではどちらも描くと訳すことができます。
東アジアの文化圏は古代から中国の影響を大きく受け、中国で発明されたものの恩恵に浴してきました。この地域の絵画は、毛筆で描くという特徴があります。
毛筆と紙または絹布、それに墨液を使って、書も絵も同じように描かれます。(墨は紙の内部に染み込みます)
日本語でも書くと描くは同じ「かく」という言葉で、別物という意識は希薄です。
一方、西洋の文化は、筆記は骨や金属など硬いもので書かれていました。最初は石に粘土板に、後には皮に。
筆もありましたが、こちらは液体状のものを塗るために使われ、絵は石に壁に板に布に、泥状の絵具で描かれました。(絵具は表面に付着します)
このため、「Draw=線を書く」ことと、「Paint=筆で塗る」ことが、意識の中で明確に分かれているのです。
物が名前や言葉を作り、言葉が意識を生み、意識が行動を規定し、行動が物を造りだす。
文化はそうやってでき上がるのかもしれません。
「切絵は黒い紙」と思っている人が多いかもしれません。 しかし、必ずしも黒である必要はありません。色が濃い紙を使うのが良い方法です。
というのは…まずは、明度について説明が必要です。
明度は明るさの程度のことです。白と黒の間を等分に分けて決めます。
例えば10等分した場合、白が0で黒が10になり、11段階になります。(白い絵具に黒い絵の具を10%ずつ混ぜると考えても良いでしょう。)この分け方ですと、1段階で10%
切絵の場合、明度の差が30%位ないとはっきりした絵にはなりません。ここがポイント。
それぞれの色に明度があり、多くの色は中間の40〜60%あたりに集中します。
そのため、切る紙は暗いほうの90〜100%か、明るいほうの0〜10%を切る紙にするのが良いことなります。
これは、白か黒に近い色です。
しかし、白い紙では、かなり厚い紙でないと透けてしまいます。厚い紙は硬くて切りにくくなります。
という訳で結局、切る紙は色の濃い紙が良い、という結論になります。
白黒(?二色のことですね)の切絵なら、明度差が3あれば良いわけですから、かなり自由に色を選べます。絵の雰囲気にあった色を使ってみるのも、楽しいと思います。
また逆に、はっきりさせたくない時は明度差を1か2にすれば良い訳です。遠くのものを表現したり、ぼんやりさせる場合に使えます。
紙の白さは、雪の白さと同じで、大部分は紙の繊維が光を散乱しているからです。実は、紙はかなり透明なもので出来ています。
事務用のコピー用紙など白さが必要な紙は、不透明にしたり表面を平らにするために、添料(鉱物の白い粉末、炭酸カルシウムなど)を入れて作ります。これが繊維の隙間に入って表面を平らにし、色を白くして、乱反射を表面にとどめています。
添料が入っていない紙(和紙、白さを必要としない紙など)は、乱反射だけの白さなので、重ねたときに透けてしまうのです。
薄い和紙は特に透けます。
和紙に絵の具で絵を描くと、絵具の粒子が繊維の間に入り込んでしまい、表面の乱反射で色が白っぽく見えます。これを防ぐために、日本画ではドーサ引きをして繊維の間を埋め、絵の具が沈み込まないようにしています。
Cut&Paste系の絵画は、技能もさることながら、とくにPaste系では統合する能力が必要です。
統合する能力は経験がものをいいます。知っていることが多いほど、それを使いこなせるということ。
一般的に年齢がいってから(30才以上だそうです)開ける能力です。
Paste系は、小さい絵でも、複数のピースを組み合わせることになり、位置やバランスが微妙に変化します。色や材質の選び方も、実に沢山の選択肢の中から、適したものを選び出し、各ピースの相互の関係を把握して順序だてる。また、切り取ったピースが増えれば、それを管理することも必要となり、描くのとは違った努力を要求されます。
Cut系は線画が中心になることが多いようですが、その場合は色を付ける場合でも線に区切られた部分を考えていればよく、各ピースの相互関係は比較的単純になります。
一般の絵画は、もちろん一枚の画板を考えれば良いわけですが、やはり一筆一塗りはピースに相当します。しかし描くのも塗るのも、はがれることやなくすことを気にせずに描けるのは、比較すれば楽な作業だなと思いもします。
Cut&Paste系の絵画は絵のサイズが大きくなると、幾何級数的に作業が複雑で難しくなりますので、「統合力」がないと出来ないのです。
自分が何を得意とするかは、経験よりも持って生まれた能力によることが多い気がします。能力とは「何が好きか」ということです。好きなものについては、何度でも繰り返すことができて、経験も豊富になります。
好きでないものは、結果的にあまり上手にならないようです。もちろん、繰り返していることで好きになることもありますが。
習っても練習してもなかなか出来ないこともあれば、きいただけで一瞬にして出来るようになることもあります。
一瞬にして出来ることは、自分の身の内にある能力。それを才能と呼ぶのではないでしょうか。
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